広島地方裁判所 平成6年(ワ)1734号 判決 1998年2月24日
呼称
原告
氏名又は名称
東京物産株式会社
住所又は居所
広島県広島市西区己斐東一丁目八番五号
呼称
原告
氏名又は名称
矢田部英輔
住所又は居所
広島県広島市西区己斐東一丁目八番五号
代理人弁護士
渡部邦昭
呼称
被告
氏名又は名称
株式会社湊
住所又は居所
三重県伊勢市宇治中之切町八五番地
代理人弁護士
樋上陽
代理人弁護士
西村秀樹
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
1 被告は、別紙商標権目録一及び二記載の各登録商標を付した鉢巻を販売してはならない。
2 被告は、原告東京物産株式会社に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告矢田部英輔に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は、自ら製造し販売する鉢巻に関する商標権及び著作権を有すると主張する原告らが、被告のした鉢巻の販売行為によって右各権利を侵害されたとして、商標権の侵害を伴う右販売行為の停止と不法行為に基づく損害賠償とを請求した事案である。
二 争いのない事実及び前提事実
1 当事者
(一) 原告東京物産株式会社(以下「原告会社」という。)は、繊維製品及び紙製品の加工、販売等を目的とする株式会社であり、原告矢田部英輔(以下「原告矢田部」という。)は原告会社の代表取締役である。
(二) 被告は、神社及び仏閣の授与品の製造、販売等を目的とする株式会社である。
(争いのない事実、原告矢田部、弁論の全趣旨)
2 原告らの鉢巻の製造及び販元業務
原告矢田部は、昭和五三年始めころ、「合格」の文字が中央に印刷された布製の鉢巻(以下「本件合格祈願鉢巻」という。)及び「必勝」の文字が中央に印刷された藁の鉢巻(必勝祈願鉢巻)を考案し、これを製造して、全国の神社に対する販売を始めた。原告会社は、同年七月ころから、これらの鉢巻(以下、併せて「本件各鉢巻」という。)の包紙に、別紙商標権目録一記載の商標(以下「本件商標一」という。)及び同目録二記載の商標(以下、本件商標一と併せて「本件各商標」という。)を付したものを製造して、全国各地の神社へ販売している。
3 本件合格祈願鉢巻の体裁
(一) 本件合格祈願鉢巻は、白色の布製で、「合格」の各文字からなる書及びこれを販売する神社の社印が中央に印刷されており、「合格祈願鉢巻」の文字からなる別紙著作物目録一記載の書(以下「本件書」という。)が印刷された綺麗な包紙(以下「本件包紙」という。)に包まれて販売されている。
(二) 本件合格祈願鉢巻には、付録として、「ひきしめてめざそう あなたの毎日に神さまのご加護がありますように。」との文句(以下「本件文句」という。)と、これを販売する神社の名称が印刷された白色の厚紙で作られた内符(以下「本件内符」という。)が一体として販売されている。
4 被告の鉢巻の販売行為
被告は、本件各鉢巻に類似した鉢巻(以下「被告の鉢巻」という。)を製造し、その包紙に本件各商標を付して、遅くとも昭和五五年一〇月七日から各地の神社に販売している。
三 争点
被告の鉢巻の販売行為が原告らの商標権又は著作権を侵害する不法行為となるか否か
四 原告らの主張
1 原告矢田部の商標権及び原告会社の専用使用権
原告矢田部は、昭和六〇年十二月二五日、本件各商標の設定の登録を受け(以下、この登録に係る各商標権を「本件各商標権」という。)、本件各商標について原告会社を専用使用権者とする各専用使用権(以下「本件各専用使用権」という。)を設定し、その後、平成八年五月三〇日、本件各商標権の存続期間の更新の登録を受けた。
原告会社は、本件各鉢巻の販売に際し、本件各商標を本件包紙に付して使用している。
2 原告矢田部の著作権及び原告会社の複製権
(一) 本件書に係る著作権
原告矢田部は、昭和五三年四月ころ、本件各商標を付する際に使用するため、書家進藤正則(以下「進藤」という。)に本件書の創作を依頼し、これを受けて本件書を創作した進藤から、これに係る著作権の包括的な譲渡を受けた。
原告会社は、原告矢田部から本件書に係る複製権の譲渡を受け、本件書を本件包紙に印刷し、本件合格祈願鉢巻の包紙として使用している。
(二) 本件文句に係る著作権
原告矢田部は、昭和五三年七月ころ、本件文句を創作し、本件文句に係る著作権を取得した。原告会社は、原告矢田部から本件文句の複製権の譲渡を受け、本件文句を本件内符に印刷して使用している。
3 被告の侵害行為
被告は、遅くとも昭和五五年一〇月七日から、被告の鉢巻を製造し、販売するに当たり、本件各商標を使用し、本件文句を無断で複製して印刷した内符と本件商標一からなる本件書を無断で複製して印刷した包紙を製造し、被告の鉢巻の付録となる内符及び被告の鉢巻の包紙として使用し、全国各地の神社に対して販売している。
特に、香川県綾歌郡綾南町所在の滝宮天満宮で販売されていた鉢巻は、被告の製造及び販売に係るものであるところ、その体裁は、鉢巻本体、包紙及び内符の全てにおいて本件合格鉢巻に酷似している。
これらの行為は、故意又は過失により、原告矢田部の本件各商標権及び原告会社の各専用使用権(以下、併せて「本件各商標権等」という。)並びに本件書及び本件文句に係る原告矢田部の著作権及び原告会社の複製権(以下「本件各著作権等」という。)を侵害する行為である。
4 損害
(一) 原告会社の損害
被告は、本件各商標権等及び本件各著作権等を侵害して、滝宮天満宮だけで少なくとも一万二〇〇〇本の被告の鉢巻を販売しており、原告会社はこれによって少なくとも一二〇〇万円の損害を被っている。
(二) 原告矢田部の損害
原告会社は、現在、全国の約一五〇の神社に本件各鉢巻を製造して販売しており、本件各鉢巻の製造及び販売業者としての信用と実績を有しているが、これは、原告会社を設立した原告矢田部が、全国の神社を一日一社から二社、約三〇〇日かけて自ら訪問して販路を開拓するなどの多大の苦労を続けて獲得したものである。
また、原告会社の経費も、昭和五三年から現在まで、少なくとも九六〇〇万円に上る。
原告矢田部は、被告の本件各商標権等及び本件各著作権等の侵害行為によって、このような長年の苦労を無駄にさせられ、多大の精神的苦痛を被ったのであって、その精神的損害を金銭をもって慰謝するとすれば、その額は少なくとも一〇〇万円を下らない。
5 まとめ
よって、原告らは、被告に対し、.本件各商標権等の侵害を伴う被告の鉢巻の販売行為の停止を求めるとともに、原告矢田部は慰謝料として一〇〇万円、原告会社は前記損害のうち一〇〇〇万円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
五 被告の主張
1 本件各商標権等の侵害に基づく不法行為の不成立
(一) 故意又は過失の不存在
被告は、本件各商標権等の存在を知らないまま、各神杜から、鉢巻及び包紙についての長さ、幅、形、色、文字等を詳細に指定してなされた注文を受け、そのとおり製造した製造受託者にすぎないから、被告の鉢巻の販売行為が仮に本件各商標権等の侵害に当たるとしても、故意又は過失がなく、不法行為は成立しない。
(二) 先使用権の成立
被告は、昭和五五年一〇月七日、福岡県飯塚市所在の曩祖八幡宮から依頼されて、被告の鉢巻を製造して販売したのを始めとし、昭和五六年一月以降、京都府長岡京市天神所在の長岡天満宮、大阪府豊中市服部所在の服部天神宮、大阪市東淀川区所在の松山神社及び滝宮天満宮からの注文によって、被告の鉢巻を製造して販売していた。
このように、被告は、原告矢田部が本件各商標の商標登録出願をする前から、不正競争の目的なく本件各商標を使用しており、その商標が需要者の間に広く認識されていた。
よって、被告には、商標法(以下「法」という。)三二条による先使用権が成立し、不法行為は成立しない。
2 本件各著作権等の侵害に基づく不法行為の不成立
(一) 侵害行為の不存在
被告の鉢巻の包紙は、神社からの注文を受けた被告が、送付された見本に則して、書き手である角田実をして独自に書かせた書を印刷したものであるから、著作権法の禁止する無断の複製に当たらず、本件書に係る著作権又は複製権を侵害したことにはならない。
また、原告の主張する滝宮天満宮で販売されている本件合格鉢巻に酷似した鉢巻は、被告の製造及び販売に係るものではなく、本件文句を書き付けた内符を製造した事実もないから、本件文句に係る著作権又は複製権を侵害した事実はない。
(二) 故意又は過失の不存在
仮に原告らの各著作権等を侵害した行為があったとしても、被告は、各神社から鉢巻及び包紙について、文字や文句等を詳細に指定してなされた注文を受け、これをそのとおり製造して販売したにすぎないから、著作権の侵害について故意又は過失はない。
3 消滅時効
被告が行った長岡天満宮、服部天神宮、松山神社及び滝宮天満宮に対する被告の鉢巻の販売行為が、仮に本件各商標権等又は本件各著作権等を侵害し、不法行為に基づく損害賠償請求権が発生しているとしても、原告らは、昭和五七年一一月二九日には被告の右行為を知ったのであるから、これから三年が経過した昭和六〇年一一月二九日の経過をもって時効により消滅した。被告はこれを援用する。
六 原告らの反論
1 先使用権の不成立について
被告は、遅くとも昭和五五年ころには、原告会社の製造し販売する本件各鉢巻の存在を知っており、また、原告会社は、被告に対し、昭和五七年一一月二九日、被告の鉢巻の製造及び販売の中止を要請する催告書を内容証明郵便をもって送付したにもかかわらず、被告はこれを継続した。
このように、被告は、本件各商標の商標登録出願の日である昭和五七年一一月二七日には不正競争の目的を有しており、先使用権は成立しない。
2 消滅時効の主張について
原告らが本件各商標権等及び各著作権等の侵害行為が被告によって行われたものであり、その損害がどの程度のものであるかを認識したのは、本件訴訟提起直前の平成六年一一月であり、損害賠償請求権は時効により消滅してはいない。
第三 争点に対する判断
一 事実経過等
本件において、被告は、本件各商標及び本件書を真似た書を使用した事実は認めるものの、原告らが主張する滝宮天満宮において販売されていた本件合格祈願鉢巻に酷似した鉢巻が被告の製造及び販売に係るものであることを否認しているので、まず、証拠によって認定できる事実を確定し、その後に不法行為の成否について検討することとする。
争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる(各事実の認定に供した具体的な証拠は各項の末尾に掲げた。)。
1 原告矢田部の本件各鉢巻の考案と製造及び販売の開始
(一) 原告矢田部は、昭和五三年始めころ、神社に参詣する受験生等を対象とした授与品として、鉢巻に「合格」及び「必勝」の各文字を印刷した本件各鉢巻を考案し、同年二月ころから、これに本件各商標を付して、神社に対する販売を始め、同年七月二二日、本件各鉢巻の製造及び販売を目的とする原告会社を設立した。
原告会社は、以降、本件各鉢巻の製造及び販売の業務のみを行っており、女子事務員一人が東京の事務所に駐在している。
(争いのない事実、原告矢田部、弁論の全趣旨)
(二) 原告矢田部は、昭和五三年四月ころ、本件合格祈願鉢巻の包紙に本件商標一を付する際に使用するため、著名な書家に「合格祈願鉢巻」の文字からなる書を創作してもらおうと考え、進藤に対して対価を支払って本件書の創作を依頼し、進藤はこれに応じて本件書を創作した。次いで、原告矢田部は、昭和五三年七月ころ、本件各鉢巻の付録として販売する内符に書き付ける目的で、本件文句を考え出した。
なお、原告矢田部は、進藤以外にも、「合格祈願はち巻」及び「必勝祈願はち巻」の文字からなる書の創作を書家大藤克明に依頼し、包紙の文字として使用しているほか、各神社の宮司から、同人の創作した書を用いて包紙を製造して欲しい旨依頼されたときは、これに応じている。
(争いのない事実、甲二の一、四、五、原告矢田部、弁論の全趣旨)
(三) 原告矢田部は、本件各鉢巻の販路を開拓するため、全国の神祉を一日一社から二杜の割合で訪問し、宮司に対して直接本件各鉢巻を売り込む営業活動を続けた。その結果、原告会社は、昭和五三年二月ころから、現在に至るまで、全国の約一五〇の神社に対して本件各鉢巻を製造し、販売するようになった。
(甲九、原告矢田部、弁論の全趣旨)
2 原告矢田部の商標登録出願・実用新案登録出願等
(一) 商標「合格」についての商標登録出願
原告矢田部は、他者が本件各鉢巻の類似品を製造して販売しないようにするため、商標登録を受けようと考え、昭和五三年一月二三日、弁理士に依頼して、商標「合格」について、商品の区分を、商標法施行令(昭和三五年三月八日政令第一九号、平成三年政令第二九九号による改正前のもの。以下「施行令」という。)別表に規定された第一七類とし、指定商品を、「被服(運動用特殊被服を除く)、布製身回品(他の類に属するものを除く)及び寝具類(寝台を除く)」と記載した願書を特許庁長官宛に提出し、商標登録出願をした。
しかし、右商標登録出願を審査した特許庁審査官は、昭和五六年三月一六日、商標「合格」が右記載の指定商品の品質を表示するものとして認識されるにすぎず、法三条一項三号の規定に該当すると判断し、右商標登録出願を拒絶をすべき旨の査定をし、その謄本は原告矢田部に送達された。
(甲一〇の一、二、原告矢田部、弁論の全趣旨)
(二) 「はち巻」についての実用新案登録出願
また、原告矢田部は、合格祈願のお守りを収納できる構造をもった鉢巻について実用新案登録を受けようと考え、昭和五三年一〇月一七日、弁理士に依頼して、考案の名称を「はち巻」とし、考案者を原告矢田部と記載した願書を特許庁長官宛に提出し、実用新案登録出願をした。
右実用新案登録出願については、昭和五五年四月の出願公開(平成五年法律第二六号による改正以前の実用新案法一三条の二によるもの)の後、特許庁審査官による実用新案登録をすべき旨の査定がされ、その謄本が送達されたが、原告矢田部が誤って登録料の納付をし忘れたため、設定の登録を受けることができなかった。
(甲一一の一、二、原告矢田部、弁論の全趣旨)
3 原告らの曩祖八幡宮に対する取引の開始
原告矢田部は、昭和五五年八月二五日、営業のため曩祖八幡宮を訪れ、宮司の青柳嘉剛と交渉の末、本件各鉢巻の注文を受けた。
そこで、原告会社は、同年九月一一日、曩祖八幡宮の社印入りの本件合格祈願鉢巻を製造し、本件内符とともに本件包紙に包んで、単価三〇〇円で三〇〇個を納入した。
(甲一四、原告矢田部)
4 被告の鉢巻の販売行為
(―) 曩祖八幡宮からの注文依頼
被告は、昭和五五年一〇月七日、従来から取引のあった曩祖八幡宮から、本件内符とともに本件包紙に包まれた本件合格祈願鉢巻を見本として送付され、これと同様のものを、単価二〇〇円で五〇〇個製造して納入して欲しい旨依頼された。
そこで、被告は、本件合格祈願鉢巻を模して鉢巻を製造し、書き手である角田実に本件書を忠実に真似た書を書かせ、これを版下として右書を印刷した綺麗な包紙を製造し、また、本件内符を模して本件文句を書き入れた内符を製造したうえ、同年一二月二五日、曩祖八幡宮に対し、単価二〇〇円で五〇〇個を販売した。
(乙七、原告矢田部、被告代表者、弁論の全趣旨)
(二) その他の神社に対する製造・販売
被告は、昭和五六年一月以降も、本件各鉢巻に類似した被告の鉢巻を製造し、次のとおり販売した。
(1) 長岡天満宮
品名 必勝鉢巻(「必勝祈願鉢巻」と記載された包紙付)
販売個数 昭和五六年一二月 二〇〇個(単価一九〇円)
同五七年二月 三〇〇個(単価一九〇円)
販売金額 九万五〇〇〇円
(2) 服部天神官
品名 鉢巻 合格(包紙付・社名入)
販売個数 昭和五六年一二月 一〇〇個(単価一九〇円)
同五七年一月 三〇〇個(単価一九〇円)
販売金額 七万六〇〇〇円
(3) 松山神社
品名 鉢巻 必勝(「必勝祈願鉢巻」と記載された包紙付)
販売個数 昭和五六年一二月 一〇〇個(単価一九〇円)
同五七年二月 三〇〇個(単価一九〇円)
同五七年一一月 二〇〇個(単価一九〇円)
販売金額 一一万四〇〇〇円
(4) 滝宮天満宮
品名 合格祈願鉢巻(曩祖型)
販売個数 昭和五六年二月 五〇〇個(単価二二〇円)
販売金額 一一万〇〇〇〇円
(乙一、二の一、二、三の一、二、四の一、二、五の一、二、六の一、被告代表者)
5 本件商標権の取得
(一) 原告らの本件各商標の登録出願
原告矢田部は、本件各商標について、再度商標登録を受けようと考え、昭和五七年一一月二七日、弁理士に依頼したうえで、商標を「合格祈願鉢巻」及び「必勝祈願鉢巻」、商品の区分を施行令別表に規定された第二五類、指定商品を「紙類」と記載した願書を特許庁長官宛に提出し、各商標登録出願をした。
(二) 本件各商標権の成立及び更新登録
(1)右各商標登録出願を審査した特許庁審査官は、拒絶の理由がないとして出願公告をすべき旨の決定をし、特許庁長官の昭和六〇年四月一七日の出願公告を経て、本件各商標について商標登録をすべき旨の査定をし、その謄本は原告矢田部に送達された。
(2) 原告矢田部は、本件各商標について登録料を納付し、昭和六〇年一二月二五日、設定登録を受け、それぞれについて、本件各商標権を取得した。
また、原告矢田部は、原告会社を専用使用権者とする本件各専用使用権を設定した。
(3) その後、原告矢田部は、本件各商標権について更新登録の出願をし、審査官の登録査定を受けて登録料を納付し、本件各商標権の存続期間の満了前である平成八年五月三〇日、本件各商標について更新登録を受けている。
(甲一の一ないし三、三、一二の一、二、二二の一、二、原告矢田部、弁論の全趣旨)
6 原告会社の被告に対する抗議並びに製造及び販売の中止の要請
(一) 原告矢田部は、昭和五七年一一月ころ、被告が本件各鉢巻に類似した被告の鉢巻を製造して、長岡天満宮、服部天神宮及び松山神社に販売していることを知り、右各神社に対し、原告らが本件各商標権等及び本件各著作権等を有していることを告げて、原告会社から鉢巻を購入して欲しい旨依頼した。右各神社は、原告らの右要請を受け入れ、以降、被告の鉢巻の購入をやめ、原告会社から本件各鉢巻を購入するようになった。
(甲七の一、二、原告矢田部、弁論の全趣旨)
(二) 原告会社は、被告に対し、被告の鉢巻販売行為が原告らの本件各商標権等及び本件各著作権等を侵害している旨を主張し、併せて販売の中止を求める催告書を、同月二九日付内容証明郵便で送付した。
これを受けた被告は、原告らがいかなる内容の商標権を有しているのかを認識することはできなかった旨、被告は被告の鉢巻を考案し開発したわけではなく、神社からの注文に従って製造したに過ぎない旨及び原告らの有する商標権の登録番号や内容が分からない限り販売の中止の要請には応じられない旨記載した同年一二月七日付の回答書を内容証明郵便で原告ら宛に返送した。
しかし、原告らは、被告が鉢巻の販売を中止するであろうと軽信し、本件各商標権の登録番号等を通知するなどの措置を取らずに放置し、また、被告も、原告らの右通知をいやがらせの類であろうと判断して、滝宮天満宮に対する被告の鉢巻の販売を継続した。
(甲六、一九の一、二、原告矢田部、被告代表者、弁論の全趣旨)
7 その後の経緯
(一) 被告は、その後も滝宮天満宮から継続して注文を受けており、本件合格祈願鉢巻に類似した被告の鉢巻を製造して次のとおり販売した。
品名 合格祈願鉢巻(曩祖型・内符入)
販売個数 昭和五八年五月 五〇〇個(単価二三〇円)
同五九年三月 五〇〇個(単価二三〇円)
同六〇年二月 五〇〇個(単価二三〇円)
同六二年一〇月 五〇〇個(単価三三〇円)
平成二年四月 五〇〇個(単価二三五円)
同四年二月 四八九個(単価二五〇円)
同五年三月 二〇〇個(単価二七〇円)
同年一一月 五〇〇個(単価二七〇円)
同六年一一月 五〇〇個(単価二六〇円)
販売金額 一〇一万八七五〇円
(乙六の二ないし六、原告矢田部、被告代表者、弁論の全趣旨)
(二) 原告矢田部は、営業のため高松市を訪れた際、滝宮天満宮が本件合格祈願鉢巻に酷似した鉢巻を販売していることを知り、平成六年一一月一八日、滝宮天満宮に赴いて事情を聞いたところ、滝宮天満宮の宮司は、被告から鉢巻を購入していることを認めたうえで、原告矢田部に対し、問題があるのであれば被告と話をして欲しい旨告げた。
原告矢田部は、以前に催告書を送付しているにもかかわらず、被告が被告の鉢巻の販売を中止していないことを知って、交渉しても無駄だと判断し、同年一一月三〇日、本件訴訟を提起した。
滝宮天満宮は、本件訴訟の提起を知り、その後、包紙ではなくビニール袋に包むなど規格を変えたうえで、被告から、平成七年に三〇〇個(単価二六〇円)の被告の鉢巻を購入したが、平成七年一二月以降は原告会社から本件合格祈願鉢巻を購入するようになり、現在に至っている。
(甲八、原告矢田部、被告代表者、弁論の全趣旨)
8 原告の主張する本件合格鉢巻に酷似した鉢巻と被告の鉢巻との同一性について
前記4(二)(4)、同7(一)に記載したとおり、被告は、滝宮天満宮から注文を受けて、本件合格祈願鉢巻に類似した被告の鉢巻を製造し、販売していることを認めることができる。
この点、被告は、原告らが主張する滝宮天満宮において販売されていた本件合格祈願鉢巻に酷似した鉢巻が被告の製造及び販売に係るものであることを否認し、本件文句を無断で使用した事実がない旨主張するので、この点について判断する。
前記1ないし7記載の認定事実に、証拠(甲一七の一、二、二〇の一、二、原告矢田部、被告代表者)及び弁論の全趣旨を併せ総合すると、昭和五五年八月二五日に原告らが曩祖八幡宮に本件合格祈願鉢巻を納入した後、曩祖八幡宮は被告に対してこれを見本として送付して、同じものを製造して納入して欲しい旨依頼し、被告は同年一〇月七日以降その依頼に対応していること、被告から提出された被告の滝宮天満宮用への販売物品の記載された得意先カード(昭和六〇年度から平成七年度までもの。乙第六号証の三ないし六)の納入商品の品銘欄には「合格祈願鉢巻」との記載があり、その規格の欄には「曩祖型 内符入」との記載があること、原告矢田部は、平成六年一一月になって滝宮天満宮が、鉢巻本体、包紙及び内符の全てにおいて本件合格祈願鉢巻に酷似した鉢巻を販売していることを知ったこと、原告が、平成六年一一月一八日、滝宮天満宮に赴いたところ、滝宮天満宮は、被告に鉢巻を納入させていることを認めたこと、被告代表者は、原告の主張する滝宮天満宮で販売されていた本件合格鉢巻に酷似した鉢巻の写真(甲一七号証の一、二)を見て、被告の製造に係るものであるか否かについては不明であるとの曖昧な供述をしていることの各事実を認めることができる。
以上の事情を総合すると、原告らが主張する滝宮天満宮が販売していた本件合格祈願鉢巻に酷似した鉢巻が被告の製造に係るものであることを推認することができ、これを覆すに足る証拠はない。
以上のとおり、被告は、被告の鉢巻を滝宮天満宮に販売するに際し、原告らに無断で、本件各商標を使用し、本件書に酷似した書をその包紙に印刷し、本件文句を書き付けた内符をその付録としていたことを認めることができる。
そこで、右行為が原告らの商標権又は著作権を侵害する不法行為となるか否かを以下に検討する。
二 本件各商標権の侵害に基づく停止請求及び損害賠償請求について
1(一) 原告らは、被告が本件各商標を被告の鉢巻の包紙に付して販売する行為が原告らの本件各商標権等を侵害する行為である旨主張し、その停止及び損害の賠償を求めている。
確かに、商標の社会的ないし経済的機能は、その付された商品の生産者などの出所を表示すること(出所表示機能)、その付された商品についてその品質が同一であるとの期待を保証すること(品質保証機能)及びその付された商品を広告宣伝すること(広告機能)にあるから、被告の鉢巻に対して本件各商標を付してこれを販売したときは、消費者をして、被告の鉢巻が原告会社の商品であるとの混同を惹き起こすこととなるおそれがあることが認められる。
(二) しかし、法二五条は、商標権者又は専用使用権者に対し、指定商品についてする場合に限って、登録商標の使用をする権利を専有する旨規定している。これは、商標権者又は専用使用権者に、当該商標権者又は専用使用権者が登録した登録商標を全ての商品又は役務について使用する権利を独占させるのではなく、当該商標権者又は専用使用権者が業として当該指定商品を生産し、証明し、又は譲渡することによって生じる当該商標権者又は専用使用権者と当該指定商品の結びつきを前提とした消費者の当該指定商品の品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などに対する信頼に限ってこれを保護し、もって、当該商標権者又は専用使用権者の当該指定商品に関する業務上の信用の維持を図ろうとする趣旨にでたものと解される。
したがって、ある商標について商標権を取得した商標権者又は専用使用権者が専有できるのは、全ての商品について登録商標を使用する権利ではなく、当該商標権の指定商品について当該商標を使用する権利に限られているのであって、それ以外の商品について、出所の混同を惹き起こす当該商標の使用があったとしても、それは、当該商標権の保護の範囲外であると解することができる。
(三) これを本件についてみると、原告らの有する本件各商標権等の指定商品は、施行令別表第二五類の「紙類」であるから、本件各商標権等は、例えば、原告らが商品としての段ボールや包装用紙、印刷物や出版物の材料となる工業用紙などの紙製品を生産し、証明し、又は譲渡する場合に、消費者が抱く当該紙製品の品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などに対する信頼を保護し、原告らの紙製品に関する業務上の信用の維持を図るため、本件各商標を施行令別表第二五類の「紙類」に限って使用する権利を原告らに専有させているにすぎないのであって、それ以外の商品について本件各商標を使用する権利までを原告らに専有させているものではない。
そして、鉢巻自体は、施行令別表第一七類の「布製身回品」に当たるものと解され、本件各商標権の指定商品である施行令別表第二五類の「紙類」に当たらないことは明らかであるから、鉢巻に本件各商標を付する行為は、本件各商標権等による保護の範囲外であって、これらにより掣肘を受けるものではない。
2 また、原告らは、紙でできた包紙に包まれた被告の鉢巻が、一体として、施行令別表第二五類の「紙類」に当たる旨主張している。
しかし、前記の法の趣旨に照らせば、法五条一項三号、二五条に規定された「指定商品」とは、消費者が品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などを信頼する対象となる主たる商品であると解するのが相当であって、主たる商品が包装紙に包まれていても、その包装紙そのものを消費者が信頼する品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などの対象となる商品であるということができないことは明らかであるから、主たる商品とこれを包む包装紙が一体として販売されていたからといって、施行令別表第二五類の「紙類」に当たるということはできない。
そうすると、被告の鉢巻が、いかに綺麗な紙でできた包紙に包まれていたとしても、消費者が信頼する品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などの対象は、あくまでも主たる商品である鉢巻であるというべきであるから、これらが一体として販売されていることで施行令別表第二五頼の「紙類」に当たるとの原告らの主張は理由がない。
3(一) さらに、法三七条一項一号は、指定商品に類似する商品についての登録商標の使用もまた、当該登録商標にかかる商標権の侵害とみなす行為であると規定しているから、本件各鉢巻が本件各商標権等の指定商品である施行令別表第二五類の「紙類」に類似する商品であると認められる場合にも、被告の行為は本件各商標権を侵害することとなる。
(二) しかし、同条項は、指定商品とそれ以外の商品とが、同一営業主により製造又は販売されているといった事情が類型的に認められることなどにより、指定商品とそれ以外の商品との間に、同一又は類似の商標を使用したときに、同一営業主の製造又は販売に係る商品であると誤認され、これによって、当該商標権者が生産し、証明し、又は譲渡する当該指定商品の品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などに対する消費者の信頼が損なわれるおそれがある場合に、これを規制する点にその趣旨があると解される。
したがって、商品が類似であるか否かは、それらの商品が、通常同一営業主により製造または販売されているといった事情が類型的に認められ、それらの商品に同一又は類似の商標を使用することで、指定商品の品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などに対する消費者の信頼が損なわれるおそれがあるか否かとの基準によって判断すべきものと解するのが相当である。
(三) これを本件について検討すると、本件各商標権の指定商品である施行令別表第二五類の「紙類」とは、前記のとおり、例えば、商品としての段ボールや包装用紙、印刷物や出版物の材料となる工業用紙などの紙製品を指すものであるところ、紙製品の生産者が鉢巻を製造又は販売しているといった事情が類型的に認められるわけではないことは明らかであるから、鉢巻について本件各商標を使用したとしても、原告らが生産し、証明し、又は譲渡する紙製品の品質、属性、歴史的価値、効能、雰囲気などに対する消費者の信頼が損なわれるおそれがあるとは認められない。
したがって、被告の鉢巻が施行令別表第二五類の「紙類」に類似しているとはいえず、これを前提とした本件各商標権等の侵害の主張もまた理由がない。
4 結局、被告が本件各商標を被告の鉢巻の包紙に付してこれを販売している行為が、本件各商標権等の指定商品である施行令別表第二五類の「紙類」又はこれに類似した商品についての本件各商標の使用であるということはできないから、被告が原告らの本件各商標権等を侵害しているということはできず、停止請求及び不法行為に基づく損害賠償請求を求める原告らの主張は、いずれも理由がない。
三 本件書に係る著作権の侵害について
1 本件書の著作物性
前記一1(一)に記載した認定事実に、証拠(甲四、五)を併せ総合すると、進藤は、京都学芸大学(現京都教育大学)美術科を書道を専攻して卒業し、全日本書道連盟の評議員を勤める「窓竹斎」の雅号を有する著名な書家であること、本件書は、昭和五三年四月ころ、原告矢田部の依頼を受けた進藤が創作したものであること、本件書は、進藤がその思想又は感情を創作的に表現したものであることを認めることができ、これらの事実によれば、本件書は、美術の範囲に属する書としての著作物であると認めることができる。
そして、本件著作物一は、「書」であり、かつ、書家の進藤が創作したものであるから、その時点においては、進藤が本件著作権を有していたと認めることができる。
2 著作権の譲渡の成否
次に、被告の行為が原告らの本件著作権等を侵害しているというためには、進藤の有していた本件書に係る著作権を原告矢田部が取得したことが前提となるので、この点について検討する。
前記一1(二)に記載した認定事実に、証拠(原告矢田部)及び弁論の全趣旨を併せ総合すると、原告矢田部は、昭和五三年四月ころ、本件合格祈願鉢巻の包紙に本件商標一を付する際に使用するため、進藤に対して、本件合格祈願鉢巻を作成して神社に販売するに当たり使用したい旨を説明して、「合格祈願鉢巻」の文字からなる書を本件書の創作を依頼し、進藤はこれに応じて本件書を創作し、自由に使用してよいとの約束で、対価を受け取ったことを認めることができる。
しかし、右各事実によれば、原告矢田部が、進藤から、本件書について自由に使用することを許諾された事実を認めることができるにとどまり、その余の全証拠を精査しても、本件書に関する著作権の譲渡があったと認めるに足りる証拠はない。
3 結論
そうすると、この点について著作権を有することを前提として、その侵害に基づく損害の賠償を請求する原告らの主張は、その余の事実を判断するまでもなく、理由がない。
四 本件文句に係る著作権の侵害について
1 前記一1(二)に記載したとおり、原告矢田部は、昭和五三年七月ころ、本件各鉢巻の付録として販売する内符に書き付ける目的で、本件文句を考え出したことを認めることができる。
ところで、著作権法二条一項一号は、著作物を、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであると規定し、その要件として創作的であることを要求しているところ、ある表現が著作物であると認められるときは、その表現の複製、口述、展示、頒布等の形態での使用を著作権者が五〇年にわたって独占できるという強力な効果が認められるのであるから、ある表現が著作権法上の保護を受けることができる著作物であるといえるためには、文芸的、学術的、美術的又は音楽的な側面において独自の創作性があることが必要であり、当該表現が誰しもが容易に発想し得るような平凡なものであって、独自の創作性が認められないときは、もはやこれを著作物であるということはできないと解するのが相当である。
2 これを、本件文句について検討すると、本件文句は、「ひきしめてめざそう あなたの毎日に神さまのご加護がありますように。」というものであるところ、右は、神社で販売される「合格祈願」ないし「必勝祈願」の霊験があるとする鉢巻に付録された内符の文句としては、誰しもが容易に発想し得るような平凡な表現であり、原告矢田部が本件文句の使用について、前記のような著作権法による強力な効果を享受するのを相当とするような文芸的又は学術的な独自の創作性があると認めるのは困難というほかない。
3 したがって、本件文句を著作物と認めることはできず、これを著作物であることを前提とする原告らのこの点の主張は理由がない。
五 結論
以上のとおり、原告らの被告に対する請求は、いずれも理由がないことに帰するから、原告らの各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成九年一〇月七日)
(裁判長裁判官 佐藤修市 裁判官 白井幸夫 裁判官 工藤正)